聖書同盟の働きと使命

1.英国における始まり
 
それは、一人の伝道熱心な青年から始まりました。彼の名前はジョサイア。スパイアーズ。1867年にロンドンで、子どもたちに伝道するためのCSSM(児童特別伝道協会)をすでに始めていた彼は、ある時、避暑地の海岸で、何もしていない、ひまそうな子供たちを見つけたのです。彼は砂の上に大きく“God is love”(神は愛です)と書きました。子供たちはすぐに集まってきて、貝殻や海草等で、その字を飾り始めたのです。その子供たちと遊びながら、彼は福音を語りました。彼の勧めにより、次の日も子供たちが戻ってきました。また、日曜日には、親を連れて集まってきたので、海岸で礼拝がもたれました。このよにして、最初の海岸伝道が始まったのです。この働きはやがて大きく発展し、教会との協力のもとに、多くのボランティアが参加して、英国の多くの地で海岸伝道が行なわれるようになりました。

 

2.スクリプチャー・ユニオンへの発展
 第二段階は、一人の熱心な姉妹から始まりました。CSSMが始まってから10年経った頃、一人の姉妹から熱心な手紙が送られて来るようになりました。彼女の名前は、アニー・マーストン。彼女は、ある教会の日曜学校の教師をしていたのですが、子供たちの成長のためには、毎日聖書を読むことが必要だと考え、また子供たちにみことばのすばらしさを味わってほしいと願い、一人ひとりにその日に読む聖書の箇所を、一週分書いて、渡すようにしました。
 ところが、一人の手で、それを行なうことがとても大変になり、CSSMに子供のための「年間の聖書通読計画表」を作るようにと、協力を求めてきたのです。最初の答えは「ノー」でした。しかし彼女が熱心に願い続けたところ、ついにCSSMの理事会は、CSSMの中に「スクリプチャー・ユニオン(SU)」を結成し、毎日の聖書通読の箇所を書いた「通読カード」を子供たちのために発行することになったのです。
 最初のカードは、1879年に、8〜16歳の子供たちを対象に6000枚配布され、8年後には、英国だけで32万枚以上が配付されました。1887年には、現在の「みことばの光」のような解説付きの聖書通読誌が発行されるようになり、それはまた世界に広がり、やがては大人用のものへと発展し、今や140カ国以上に聖書通読の働きが広がっているのです。

 

3.日本における聖書通読運動の発展
 日本は、感謝なことに、スクリプチャー・ユニオンの働きが最も早く伝わった国の一つでした。それを伝えてくれたのは、米国人の少女、アデレイデ・ホイットニーです。彼女はロンドンに留学した際に、スクリプチャー・ユニオンの働きに接して感銘を受けました。やがて、1882年に家族で日本に来た折りに、日本人のためにこの働きを紹介することを願ったのです。
 1883年(明治16年)の、マルチン・ルター生後400年の記念集会時に、15歳の彼女と彼女の兄、また何人かの日本人指導者が協力して、最初の聖書通読誌である「聖書之友」がスタートしました。大人用の通読誌としては、英国よりも2年も早くスタートしたのです。アデレイデは、29歳の若さで天に召されるまで、日本の聖書通読運動の働きのために献身したのです。
 この最初の通読誌を作成するのために協力してくれたのは、津田仙(津田塾大の創立者、津田梅子の父)です。最初の一ヶ月間で「聖書之友」の会員数は304人に達し、5年以内に、全国で314の支所を持つようになり、7,400人の会員数に達しました。1年に1回、聖書日課表が発行され、毎月「聖書之友」が出版されたのです。しかしやがて、大2次世界大戦の勃発とともに、紙不足や、政府の弾圧などによって、昭和18年6月号をもって発行は中止となってしまったのです。

 

4.戦後の聖書同盟の働き
 1954年(昭和29年)、何人かの福音的な教会の指導者が集まり、日本のクリスチャンが毎日みことばに親しむことの重要性が再確認されました。そして、英国のスクリプチャー・ユニオンと再度連絡を取って働きを進めていくことも確認され、やがて「聖書同盟」という団体の名称と「みことばの光」という聖書日課誌の名称が決定しました。そしてついに1954年の12月に「みことばの光」(新ウィンドウで説明開く)第1号が出版されたのです。このように戦後の聖書同盟は、戦前の「聖書之友」とは形式的には独立して始められましたが、精神的には継続した働きだったのです。その基本精神は、日本の教会に真に必要な聖書通読運動の働きを、日本人の手によって着実に進めていこうというものでした。

 

5.CSKの始まり
 前述のように、英国での働きは、児童伝道から始まりました。そして救われた子供たちのために、通読ノートが作られるようになったのです。日本の戦後の聖書同盟の働きは、まず聖書通読運動として始まったのですが、英国の全体的なビジョンに賛成しており、日本でも教会と協力した、特に若者たちへの伝道が行われています。
 1968年の1月に、聖書同盟の「SUクラブ」、女子中学生のための「パイオニア・クラブ」、男子中学生のための「ボーイズ・プリゲート」等の働きが合併して、CSK(中学生書クラブ協力会)(新ウィンドウで説明開く)が誕生しました。「日本の子供たちは、小学生まではよく教会学校に来ているが、中学生になると来なくなってしまう」、「大学生、高校生のための超教派の働きはあるが、中学生のための働きが少ない」などの理由により、特に中学生に焦点を絞った働きが始まったのです。中学生のキャンプが夏に行なわれるようになり、やがては春にも行なわれるようになりました。また中学生のための聖書通読誌である「ジュニアみことばの光」(新ウィンドウで説明開く)が発行されるようになり、中学科の教師たちのための研修会も持たれるようになりました。このようなCSKの働きも、諸教会の協力を得ながら、既に30年以上も継続しています。

 

6.聖書同盟のビジョン
 以上に述べたような歴史をふまえつつ、聖書同盟のビジョンをまとめると、次のようになります。
(1)聖書通読運動の推進
 日本において、世界において、聖書通読運動を推進しています。そのために日本では、「みことばの光」「ジュニアみことばの光」を発行しています。また聖書通読のために有益な書籍も発行しています。
(2)次世代を担う若者への伝道
 特に、CSKをとおしての中学生伝道。
(3)健全なクリスチャン・ホーム建設のお手伝い


聖書同盟の紹介のページへ戻る