3.日本における聖書通読運動の発展

 

 日本は、感謝なことに、スクリプチャー・ユニオンの働きが最も早く伝わった国の一つでした。それを伝えてくれたのは、米国人の少女、アデレイデ・ホイットニーです。彼女はロンドンに留学した際に、スクリプチャー・ユニオンの働きに接して感銘を受けました。やがて、1882年に家族で日本に来た折りに、日本人のためにこの働きを紹介することを願ったのです。
 1883年(明治16年)の、マルチン・ルター生後400年の記念集会時に、15歳の彼女と彼女の兄、また何人かの日本人指導者が協力して、最初の聖書通読誌である「聖書之友」がスタートしました。大人用の通読誌としては、英国よりも2年も早くスタートしたのです。アデレイデは、29歳の若さで天に召されるまで、日本の聖書通読運動の働きのために献身したのです。
 この最初の通読誌を作成するのために協力してくれたのは、津田仙(津田塾大の創立者、津田梅子の父)です。最初の一ヶ月間で「聖書之友」の会員数は304人に達し、5年以内に、全国で314の支所を持つようになり、7,400人の会員数に達しました。1年に1回、聖書日課表が発行され、毎月「聖書之友」が出版されたのです。しかしやがて、大2次世界大戦の勃発とともに、紙不足や、政府の弾圧などによって、昭和18年6月号をもって発行は中止となってしまったのです。

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